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最高裁判所第三小法廷 昭和40年(オ)61号 判決 1967年1月31日

上告人

株式会社静岡銀行

右代表者

平野繁太郎

右訴訟代理人

向坂保治

被上告人

岩田信明

被上告人

沼津塩業株式会社

右代表者

長谷川大

右両名訴訟代理人

伊東清重

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人向坂保治の上告理由第一点について。

所論は、原審の裁量に委ねられた証拠の取捨判断および事実の認定を非難するにすぎないから、採るを得ない。

同第二点について。

手形割引貸付契約のような継続的取引契約に基づく債務の履行を一定の極度額において担保するため、第三者が債権者との間にその所有不動産につき期間の定めのない根抵当権設定契約を締結した場合において、右基本たる継続的取引契約が存続し、被担保債権がなお現存しているとしても、根抵当権設定当時に比して著しい事情の変更があつた等正当の事由があるときは、当該根抵当権設定者において、右根抵当権設定契約を将来に向つて廃棄し、爾後は現存被担保債権のみを担保する通常の抵当権とする意味における解約告知をすることができると解すべきである。

ところで、本件において、原判決の確定した事実は、つぎのとおりである。訴外岩田喜作は、かねて沼津市内において反毛業を営み、その営業上の手形決済および資金調達のため、上告人との間に当座勘定契約を結び、また、上告人より手形貸付を受けたり手形・小切手の割引を得たりしていたが、昭和二八年暮頃から業務不振となり、喜作は従前以上に上告人からの融資を得ることによつて営業を建て直そうと計り、借入金の元本極度額を拡げるため、昭和二九年三月一五日上告人との間に極度額一三〇万円の手形割引貸付契約を締結し、同時に、右契約によつて生ずべき喜作の債務を担保するため、喜作の実兄である被上告人をして、上告人に対し、存続期間の定めなく、本件不動産上に根抵当権を設定させ、その旨の設定登記手続が経由された。その結果、喜作は、昭和二九年三月一二日三五万円、同月一七日八〇万円、同月二五日三〇万円の各手形貸付を得たので、喜作および被上告人は、これにより喜作の営業は危機を切り抜けられるものと考えていた。しかるに、早くも翌四月中に喜作振出の清水銀行あての小切手が不渡りとなり、そのため喜作は不渡処分を受けるに至つたので、上告人は喜作との前記当座勘定取引を解約するに至つた。当時の喜作の総債務は約一、〇〇〇万円に達しており、同年五月五日には多数の債権者が集会して、これらの債務の履行期を一年猶予することになつて、喜作の営業は辛くも即時の廃業を免かれたような状態であつた。ここにおいて、被上告人は同月七日上告人の沼津本町支店に出向き、同支店長に面会のうえ、喜作の経済事情を述べ、今後同人に対する信用供与の継続を停止されたく、もしそのようなことが続けられても、被上告人としてはもはや人的・物的の保証の責任を将来に向つて負いかねる旨を告げ、もつて、本件根抵当権設定契約につき上述の意味における解約の告知をした。(なお、上告人は、その後、当分の間喜作のためにする取引を停止し、昭和三〇年五月頃になつて、喜作の妻の名義による手形割引をして、その割引金の幾分を順次喜作の債務の内入れに充当させることによつて、ようやく喜作の債務の整理に着手することになつた。)以上の事実が認められるというのである。

このように、本件根抵当権の設定の時からその将来に向つての解約告知がなされるまでわずか一月半余の期間ではあつたが、その間、前記のように、上告人よりの融資にもかかわらず、被上告人の予期に反して、喜作の営業状態はさらに深刻に悪化して倒産の危険さえ感ぜられるようになり、被上告人の将来の求償権の行使等にも多大の支障を生ずるおそれもある等、著しい事情の変更があつたというべきであるから、このような場合には、被上告人のした前記解約の告知には正当の事由があり、それを有効と解するのが相当であり、したがつて、これと同趣旨の原判示は正当というべきであつて右と反対の見解に立つ論旨は採用するを得ない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 柏原語六 田中二郎 下村三郎)

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